
箱を開けた瞬間、
まず色の密度に目を奪われました。
緑、朱、群青、金。
それぞれが強く主張しているのに、
円の中で過不足なく配置されている。
この小さな円は、
ただの装飾ではなく、
構成された舞台のようにも見えます。
羽を広げた孔雀は、
写実というより装飾の世界に生きています。
牡丹もまた、花であると同時に模様として機能している。

九谷焼らしいのは、
やはりこの色の重なりです。
明確な輪郭線、
面で置かれる濃い色彩、
そして金が静かに全体をまとめる。
本来は器に宿るはずの華やかさが、
そのまま掌に収まる円形へと凝縮されている。
陶の平面が鏡の蓋になるとき、
日常と装飾は自然に重なります。
これは単なる絵付けの転用ではなく、
九谷焼の密度を携帯するための小さな装置。
手のひらの中で、
孔雀はいまも鮮やかです。

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